国立まと火

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 平成26年7月31日午後7時30分、国立市多摩川河川敷グランドに200mに渡って、「国立まと火」が、点灯、約1千名の見物人が、夜の多摩川河川敷に集った。
 「国立まと火」とは、万燈火ともいわれ、北秋田市の合川地域で、春の彼岸の中日に、お寺の周辺や墓地で、「火の球」を多く灯したり、夏のお盆の中日には、阿仁川の土手1,200mに渡って、全集落合同で、合川まつりのフィナーレとして、42回も継続して開催されている。
 その起源は、徳川時代に茨城地域の藩から国替えされて、秋田地域の藩に封じられた佐竹公と、地元の旧藩士との争いで、亡くなった多くの御霊を弔うために、火を灯したことから始まったと言われ、「ダンボ」といわれる木綿の球に油を浸して、お寺や墓地周辺につるして、灯したものです。
 この度、クリーン多摩川国立実行委員会創立30周年イベントを募集していたところ、元合川国立児童交流会の梅林氏から、「合川のまと火」では、という提案があり、多摩川河川敷での、実施が可能であるため、クリーン多摩川国立実行委員会で、検討することと決まりました。
 昨年のことですが、3月21日彼岸の中日に、合川で「まと火」が行われるとの情報が入り、急きょ、関係者5名(佐藤一男氏、石塚陽一氏、川島操氏、梅林修二氏、丸本大)が北秋田市を訪問し、各集落で点灯されている「まと火」を視察、この結果、国立市でも「まと火」を開催したいと申しでて、北秋田市合川集落の賛同をもらい。更には、「まと火」の当日には、応援に駆けつけてくれることになりました。
 「まと火」については、国立市民には、知名度がないため、事前にプレイイベントとして、早速、夏に小規模でも実施してみることになり、急きょ「国立まと火実行委員会」を立ち上げました。しかし、「まと火」もと、火の球「ダンボ」の調達が懸念されましたが、幸いにも、元合川国立児童交流会員の藤波氏の提案で、氏のタオル工場から出る産業廃棄物となる「糸くずの塊」を芯にして、不織布のテープを巻くことで、完成できることが判明し、しかも、その材料は、藤波会長が無償で提供してくれることになり、実施に踏みきることとなった。
 「ダンボ」つくりには、委員会から、材料を各グループに配布して作ってもらい、回収して、針金で加工、6月末には、約600個分が完成した。
 実施日の7月21日には、国立市谷保地域のお盆の前夜に当たり、迎え火となった。
 多摩川河川敷グランド200mを使用するため、関係行政機関の協力を要請。緊急協力をお願いしました。
 7月30日、有志による現場設営が行われ、ワイヤー2本が200mに張られ、火文字架設も行われ、当日に点灯する「ダンボ」が取り付けられた。
 7月30日夕方、北秋田市から、バス1台が、国立市役所に到着し、地下の食堂で、関係者による、「ウエルカムパーティ」が開催された。中学生24名と婦人部と「まと火」保存員会12名が集い、旧知を暖め合いう光景が見られた。
 7月31日当日は、早朝から上京した北秋田市のメンバーは、委員会で企画した立川市の極地研究所と防災センターを見学。午後には、「国立まと火」設営現場に到着、早速火文字の架設に着手、また更に、即興で、手作りの回転火装置を製作して、花を添えた。
 予想外に、多くの観客が集まり、また、準備期間不十分のうちにプレイイベントを実施したため、皆様には、ご不便をおかけしたこともあったと思います。 本番の本年7月19日には、多くの市民が喜んでくれるイベントにしなければならないと思います。
 「国立まと火」開催にあたり、多くの方に個人的協賛をしていただいき、さらに、ボランティアの方々の協力が多々あったことは、この行事が、「ダンボ」作りをはじめ、市民参加のイベントであることを理解して頂いているのだと思っています。 将来、国立市の夏の風物詩として、存続していければ幸いであります。


matobi

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